人の心の仕組みは神の心の仕組みの写しである。それゆえに心の中に神は宿る。心の中にこそ神との対話がある。神との対話は特別な人にだけ起きる現象ではない。すべての人に起きることである。すべての人類は己の心の中に神を宿している。それゆえに己の心の内を深く見詰めて己の神を見出すがよい。神に至る道は外に求めるモノではない。己の心のうちに求めるモノ出る。己の意識の中に存在するのである。神に会いたくば己の心の内を深く探ればよい。外に神は居ない。神社仏閣にのみ神は存在するのではない。神は己の心の内に存在する。人は生まれながらにして神そのものであり、その中に無限の神性が宿っている。人が神そのものとして生きるとき、無限の叡智は発露する。無限の叡智は初めから人の内なるところに存在している。それは意識の根源に宿り、目覚めの時を待っている。それを眠らせたままにしているのは人の心の迷いである。人類よ。心の迷いを吹き払え。己の心の迷いを克服した時、無限の叡智は自然に湧きでてくる泉の水のように発露する。それは尽きることなく、無限に湧き出てくる。
人類はそもそも叡智を己の中に内在させている。ただそれに気付かないだけである。皆、一人一人が同じような道を辿る。世界樹は神から降ろされた言葉を解き明かすことで後に続く人類の道標としている。原文を翻訳する者たちが己の心の内の神と対話して書き綴る。そうすることによって己の内なる神を顕現させる。己の内の叡智の井戸を掘り当てている。神の言葉だからと特別でもなければ、必要以上にありがたがることも無い。それらはすべての己の内から湧き出てくる言葉である。それが霊的覚醒を引き起こしてくれる。それが意識拡大を引き起こしてくれる。その一連の作業で己の心の内を深く探り、己の神と出会い神との対話を成して神への道を指し示すことができる。それは内へ内へと深く掘り下げる自己探求の道である。その内なる無限の叡智とは愛から生まれるものである。深い愛の意識は神の叡智に通じている。人類よ。愛を知りなさい。愛を感じ、愛を見詰めなさい。愛こそが内なる無限の叡智の源であり、内なる神の意識そのものである。人は愛によって生まれ、愛によって学び、成長し、愛によって神になる。愛には神の力が宿っている。愛は神そのものである。真の愛を体現し生きる時、人は神と一体になる。人は愛の中で神と一つになり、愛を通じて己が神であることを知る。己の中に己にとっての真実の愛を発見した時、それが己の神なる意識そのものである。伊予の里 神代の昔 辿りつつ 叡智の泉 湧き上がるかな
神は昔から人類を愛し見守り続けてきた。人類が自らの足で立ち、神に辿り着く日を。人の意識は無限大である。叡智は無限である。愛は無限である。有限なるものは皆幻であり、無限なるものこそが事実である。人には無限の可能性が開かれている。人類よ。己を神として目覚めさせ、その無限の可能性をつかめ。
人は己の心の内に叡智を秘めている。その叡智の泉を掘り当てるために真理の探究の道がある。その方法は様々である。いずれもその内に秘めた神の姿を顕現させるためである。己の内なる神であるダイヤモンドを掘り出し、燦然と輝かせよ。さすれば尽きることの無い叡智の泉が湧き上がる。その叡智の泉の源は愛である。己の心の中に真実の愛が見えたとき、人の意識は無限に拡大する。愛には生命を宿らせ、開花させる力がある。愛には人を神にする力がある。己の心の内なる所に無限の愛を発見しなさい。己の愛が無限性を獲得した時、人の意識は神そのものになる。
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