世界樹


第2章 宗教統一 第16節 愛

新しき地球は理想郷の世界。ミロクの世である。現代の人々には想像もつかないかもしれないが宗教が統一され、争いが消えて平和な時がやってくる。宗教の統一がなされるためにはあらゆる生命が一つに繋がっているということを一人一人が心底知らなければならない。あらゆる生命が元で繋がっている事が分かってきたならば思想の違い、宗教の違いで争ってきた事をバカバカしく感じるようになる。それぞれの宗教はそれぞれの地域で神の使命を帯びた者たちが彼らの個性で語ってきたことに過ぎぬ。愛だけが人類を貫いている。たとえ神を知らずとも、たとえ真理の教えを知らずとも人は愛を知ることが出来る。人は本能的に愛を学ぶように出来ている。愛だけが人類の共通言語だ。
現代人はその愛を見失って堕落し分裂しているが、古き神代の時代には人はより完璧だった。しかし完璧すぎて努力の余地が無かった。それは神から与えられた完璧さだった。創世の神ははりきりすぎた。明らかに失敗だった。人は自分の力で学ばねばならない。自分の力で歩まねばならない。神が語ってきたことは教えや方法は違っても本質的なことは皆同じである。仏教は努力精進して仏になる道を、キリスト教は愛によってすべてのものが融合する道を説いた。この世界二大宗教は方法論と結果論を解いている。人はみずから努力し、神や仏の位置にまで昇ることができる。神や仏の位置まで昇ってきたなら、そこは愛と調和の光り輝く世界である。
人は空腹のために争い、不幸のために人を傷つける。満たされて幸福な時には人は共に笑い喜び合う。人には幸福が必要だ。人には満たされることが必要だ。人には愛が必要だ。しかし、愛にもレベルがある。肉親の愛や男女の愛から始まって、愛が拡大してゆくことによって人は向上してゆくことが出来る。イエス・キリストの教えのように、"汝の隣人を愛せよ"そして"汝の敵を愛せよ"と愛は拡大してゆくのである。
今までの時代は人類は争いを必要とした。争いの中で学ぶべき事もあった。だが人類はもう充分争いを学んだ。そろそろ平和を求めても良い頃だ。平和を学び始めても良い頃だ。平和の基は愛である。愛の根底に流れるものは"あらゆる生命は自分も含めて皆繋がっている"ということ。だからこそその学びのスタートは血縁の繋がりによる"愛"である。それが民族、人種、世界人類に至る。どれだけ愛の拡大ビジョンが持てるかで自分の進歩向上が計れる。しかし、最後には人類同志だけでなくあらゆる生命と繋がるところまで到達せねばならない。そこまで今回人類が学ばねばならない。そうしなければ地球が一つにならない。あらゆる生命と共存していくことができない。争いを本当に止めることができないのである。
宗教統一は教えではなく感じ取ることである。息づく生命が自分自身のものだということを。地球自身の中で全てが融合し合って生きているということを。生命とは三次元の肉体と霊的な魂が同居しているからこそ生きているのである。霊的な世界ではあらゆる生命の魂と全ては繋がっている。そのことを悟り、生ある事を感謝してゆくならば愛と調和の世界に入ることが出来る。古き良き時代には生命は光り輝いていた。やがてそれは色褪せて遂には輝かなくなった。再び生命を輝かせよ。かつてないほど輝かせてみよ。それは永遠の輝きになる。それは神の輝きになる。その時初めて宗教の壁はなくなり全ての民族、全ての思想の壁を越えて人類に平和が訪れる。
破壊は再生のために必要である。しかし怖れる必要はない。人類が神とともに歩むなら迷う事無く進みなさい。古きを捨て新しきを求めなさい。神は人類とともにある。宗教統一の鍵はイエス・キリストが説いた"愛"である。クリスチャンが切る十字である。それは東西南北すべての民族が"愛"によって一つにまとまっていく暗示でもある。愛こそが人を繋ぐ力であり、愛こそがすべての争いを終焉させる力である。愛こそが最大の武器であり、愛こそが勇敢な軍隊である。愛の力によって地球は一つにまとまる。愛と調和に満ちた世界こそ新しき地球の始まり。愛と調和に満ちた世界こそ神の星に他ならない。